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小梨のこと


小梨はこんなとこ

岩手県南の丘陵地、温暖で穏やかな気候

千厩地区は、千厩町の中心部に位置し、古くから中心商店街を形成し、旧 東磐井地区の政治・経済・教育等の中心地として社会基盤・生活環境の整備とともに 発展してきました。
千厩地区は、旧千厩町の中央に位置し、東西約 6.6km、南北約 6.4km、面積 15.81k㎡。北東には標高 895.4mの室根山があり、ここから西方と南方に連なる 300~400mの山々に囲まれた三角状の盆地です。室根山を源として北上川に注 ぐ一級河川千厩川が地区内の中央部を東西方向に流れています。 この川の流域に耕地が開けているほか、ゆるやかな起伏が多く、その間に耕地、 宅地が点在しています。
気候は、太平洋気候区内陸盆地型気候に属し、県内では比較的温暖で積雪深も 20cm を越えることはまれです。25 年の年間降水量は 1,142 ㍉、年平均気温 10.5℃ でした。

小梨のあゆみ

古くから続く農村集落

現在の一関市千厩町小梨・千厩町清田にあたる「小梨村」が町村合併したのは、昭和31年(1956年)。古くは、馬の名産地として名を馳せました。岩手県南の温暖で丘陵な地域で、古くから農業が盛んに行われてきました。
千厩は、古くから北上川の水上輸送の中継点、内陸と沿岸を結ぶ交通の要所 として栄えてきました。仙台藩の「風土記御用届出」(安永風土記)には、「八幡太郎義 家公が安部貞任退治に奥州に来た際、この場所で千匹の馬を岩屋につないだ」と記 されており、千頭の馬がつながれた厩(うまや)が地名の起こりとも言われています。 また、千頭の馬を飼ったのは藤原秀衡という説もありますが、いずれにしても古くか ら馬産地として知られ、平泉町の義経堂には「源義経の愛馬太夫黒(たゆうぐろ) 千厩産」と書かれた絵馬が掲げられています。また、奥州藤原氏の黄金文化を支えた 産金の地でもあり、周辺地域内には「黄金山」「金取沢」「金山沢」などの地名や金 を掘った跡が残されています。 藤原氏滅亡後、13 世紀には源頼朝の家臣、葛西氏の領有となり、その後、仙台藩 (伊達氏)や一関藩(田村氏)の治政下に入りました。

小梨の生活圏

一関と気仙沼の中間地点

国道 284 号線を通じて西の一関市中心部、東の気仙沼市の双方に車で 30 分の位置にあります。旧東磐井地方における行政、経済、教育、文化、医療等の中心地 として発展し今日に及んでいますが、市町村合併後は、ハローワークなどの撤退や県 の出先機関の縮小が進んでいます。しかし、商業面では独自の商圏を確立しています。 また、県立病院をはじめ医療施設には比較的恵まれ広域医療の中心となっています。 集落の配置をみると、市街地を取り囲むように山間部には多くの散在集落が位置し、各集落は市街地から放射状に延びる道路によって市街地と密接につながっています。 県立高等学校が1校、県立高等技術専門校及び両磐地域職業訓練センターがあり、 周辺地域からの通学者も多い。

小梨の観光スポット

小梨に来たら寄ってみて

小梨地区近郊には、県指定有形文化財の「村上家住宅」(江戸末期に建築された茅葺き屋根の古民家。土間、囲炉裏、土壁など民家の暮らしや建築史を知るうえで貴重な文化財です。)や、「黄金山キャンプ場」(奥州藤原氏の栄華を支えた金の産出地だったと伝えられる黄金山の八合目に位置するキャンプ場。峠から眺める夜景は、千厩の街並みと太平洋の漁火の輝きのコントラストが絶品です。)などの観光スポットがあります。